ふぁんしーはじめに
人間に巣くう魔物。それを私は「ふぁんしー」とよぶ。
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2009.10.04 Sun
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コインランドリーの中である。

おそらく、乾燥機と洗濯機を配置してみたところ、片サイドの壁が大きくあいてしまったのだろう。

「何か殺風景じゃないすか、こっちの壁」

その一言が、コインランドリーの店長(というのがいるのかどうかは知らないが)のふぁんしーに火をつけてしまった。

洗濯とはびたいち関係のない一面の花畑。
彼の中の5歳の少女は満足げにそれを見つめた。
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2009.09.05 Sat
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工事現場でよく見かけるこのカエルの柵。

誤解しないでほしいがこれ自体はふぁんしーではない。
寧ろ、行政やゼネコンが近隣住民に配慮した「媚び」の結果にすぎない。

ふぁんしーは天然に体内からにじみ出てくるものだ。

そういった意味でここでのポイントは目のハートである。
写真ではわかりづらいかもしれないが、これは紙でわざわざ貼ってある。

「なんかこのカエル、目、ハートにしたらかわいくね?」

現場にいるマッチョで毛深いおっさんの脳内でふぁんしーがささやいた結果、誰に向けてか、愛をばらまくカエルが現れた。

この現場にウインクしたり、怒ったりしたカエルが現れるのも時間の問題である。

それでも、関係なく工事はきっちり進むのだから日本人はえらい。
2009.09.03 Thu
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ふぁんしーの基本はハートである。

その下につくのが、たとえ「あこう鯛粕漬」であっても、ふぁんしーに犯された人間はハートをつけずにいられない。

愛してくれないより、愛の押し売りの方が性質(たち)が悪いということをご存じだろうか。
2009.08.31 Mon
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少し色が褪せているが、春日問屋のミっ子ちゃんである。

看板を見てももはや何屋なのかさっぱりわからないが、ひとつだけ言えるのは店主は完全にふぁんしーに人格を乗っ取られているということだ。

残念ながら、ここまで進行した症状は改善する術がない。寧ろ、店主と接触することにより、ふぁんしーに感染する危険が大きい。

WELCOMEと言われても、おいそれとここに入るわけにはいかない。
2009.08.30 Sun
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フランチャイズというシステムは、本部が主導し、店舗デザインや接客マニュアル等を徹底することにより、全国、場合によっては全世界で均質なサービスを提供することを目的としている。

コンビニエンスストアにおいてもそれは例外ではなく、商品の品ぞろえから店内表示まで、スーパーバイザーが各店舗を隈なく回り、徹底しているはずである。

そんな中、このいかにも素人然とした表示はどうだろう。

「野菜」と「果物」に律儀につけられたハートマーク。ぶどう・梨入荷しましたのあとにつけられたニッコリマーク。

店内には、黙々と発注をこなす店長と思しき初老の紳士がいた。
おそらく彼がこのポップを書いたのだろう。

数日後、本部からきたスーパーバイザーはこのポップに苦言を呈すに違いない。
しかし、悪いのは彼に巣くうふぁんしーという魔物であって、毒された彼に罪はない。
許してあげて欲しい。
2009.08.30 Sun
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少しわかりづらいが、これは台車である。

しかも、この台車があるのは、保育園や小学校ではなく、ある中小企業のわきである。

台車というのはモノを運んでなんぼだ。
百歩譲って、もう少し力持ちの動物ならまだ許す。うさぎはないだろう。

この台車で何が運ばれるのかはわからない。
しかし、もしこのうさぎ台車が社長の趣味で、スーツの男性がこれを運ぶのだとしたら、あまりにも彼が不憫ではないか。
2009.08.30 Sun
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※名前等がわからないようモザイクをかけています


古来、日本の表札といえば蒲鉾板のような四角が定番であったが、いつの頃からかふぁんしーの侵食を許している。

この表札もおそらく煙突のある家をかたどっているのだろうが、必要以上に角が丸い。
最初にみたとき、キティちゃんかと思ったくらいである。

このふわふわまるまるとした家の形を見て、コルビュジエの晩年の作品「ロンシャンの礼拝堂」を思い出した。

機能性・合理性を唱え続けたコルビュジエが、晩年このような作品を発表した際、「転向だ」という声が多かったそうである。

たぶん、コルビュジエもふぁんしーに毒されたのだと思う。
2009.08.30 Sun
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ふぁんしーへの衝動は時と場所を選ばない。

「葬儀」という厳かな言葉に採用されたフォントは、ポップ体。
くさかんむりの下の「死」もちょっと踊りあがってウキウキである。

それ、ちょっと不謹慎じゃないの、などという言葉は、ふぁんしーの前には無力だ。
2009.08.30 Sun
よく知られていることだが、人間にはさまざまなものが寄生している。
腸内に棲み、宿主である人間と共生する腸内細菌をはじめ、多くのものたちが人間の中に生きている。

しかし、人間にはもうひとつ、社会生活や人間関係に大きく影響を与える重要な「もの」が寄生していることを、ご存じか。

たとえば、あなたは「和風のたたずまいの庭なのに、イギリス庭園風のステンシルでウサギが書かれた柵が設置された家」を見たことがあるだろう。

あるいは、「クリスマスリースのように大きい木製の表札に家主の名前が筆記体のアルファベットで書かれた家」を見たことがあるだろう。

それらは人間に巣くう魔物が表出したものである。
5歳の少女のような感性を持つその魔物のことをわたしは「ふぁんしー」と呼ぶ。

馬鹿にすることなかれ、ふぁんしーは誰の体内にも潜む。
近所のおばさんにはもちろんのこと、その辺に歩いているけったいなおっさんの体内にもふぁんしーは忍び込んでいる。いや、寧ろけったいなおっさんほど、ふぁんしーの餌食であったりする。

かくいう私の体の中にもふぁんしーは確実に入り込んでいる。
その証拠に上記の例は、うちの実家の様子を描写したものである。

もしかしたら、年齢を重ね、気力が衰えはじめたときにふぁんしーはあなたの体をむしばむかもしれない。
あるいは、もっと若いころでも仕事に疲れたり、恋に破れたりしたときに、そのすきをふぁんしーは狙っているかもしれない。

このブログはふぁんしーの症例を研究することを目的とする。

これを見て、明日の生き方を今一度考えていただきたい。
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